日本では、テレビドラマなどでよく目にする医師や看護師と比べると、薬剤師は縁の下の力持ちという印象があるかもしれません。
一方、海外の「信頼される職業ランキング」を見ると、薬剤師が医師や看護師と同等か、それ以上の順位にランクインする、薬剤師の社会的地位や信頼の高い国があります。
医療従事者の中でも「薬剤師」が信頼される国々にはどのような共通点があるのでしょうか?
海外のランキング結果から考察した結果、「医療制度の違い」と「患者との接し方」にヒントがありそうです。
今回の記事では、先進国の中で最も医療費が高いアメリカで、薬剤師がどのように住民の健康を支え、信頼を得ているのかを紹介します。
医療費の高いアメリカで、薬剤師は頼れる相談相手
米Forbes誌で紹介されている「アメリカで最も信頼される職業と最も信頼されない職業(America’s Most & Least Trusted Professions): Gallup社実施」において、薬剤師が信頼される職業の上位にランクインしているということを聞いたことがある人も多いのではないでしょうか。
2018年12月に発表されたランキング結果においても、薬剤師は信頼される職業の第3位にランクインしています。
医師・看護師と共に薬剤師も毎年上位にランクインしており、医療従事者全体がアメリカ住民から高い信頼を得ていることがわかります。
ではなぜアメリカでは、薬剤師は住民から信頼されているのでしょうか?
「医療制度」と「患者との接し方」に注目すると、アメリカの薬剤師が信頼される大きな理由は3つあると考えられます。
信頼される理由1:OTC医薬品に関する相談にのってくれる
アメリカに住む人の多くは軽度の体調不良の場合、病院には行かず、薬剤師からOTC医薬品を購入して治療を試みています。その理由としては、保険制度が関係しています。
アメリカでは、民間医療保険制度が採用されており、国民それぞれが民間医療保険に加入します。
民間医療保険への加入が難しい低所得者や高齢者向けには、メディケイドやメディケアといった政府の公的保険もありますが、加入条件を満たさず保険に加入できない国民も一定数います。
2010年、前オバマ大統領が導入した「The Patient Protection and Affordable Care Act(通称:オバマケア)」により、保険加入資格の条件が緩和され、無保険者は16.8%から8%台まで減少しました。しかし、オバマケアは医療費増大の原因にもなっていることから、現トランプ大統領は廃止の意向を示しており、再び無保険者が増えることが予想されます。
参考:「Kaiser Family Foundation:Health Insurance Coverage of the Total Population」等をもとに筆者が作成 *1
アメリカの民間医療保険は、「Deductible」と呼ばれ、年間の医療費の負担額が加入プラン毎に設けられており、負担額を超えない限りは、年間にかかった医療費を全額支払わなければなりません。
基本的に、月々の保険料が安いプランは医療費の負担額が高く、中には医療費の負担額が年間100万円近くなるプランも存在します。しかも、すべての診療内容が保険適用対象となるわけではありません。*2
アメリカのGDPに対する医療費の割合は17%と、世界平均の10%を大きく上回っており、先進国の中でもトップの水準です。
経済的な理由から保険料の安いプランに加入する人にとって、医療保険は医療費の自己負担を軽くする手段というより、高額な医療費がかかる重病を患った際の頼みの綱といった意味合いが強いと言えます。
このような背景により、アメリカでは医療費を支払えないために自己破産する人がたくさんいます。
しかも、医療費を理由に自己破産した人のうち、約8割が保険加入者であることから、保険の加入・未加入にかかわらず、病気の際の金銭的負担が大きいことがわかります。
以上のことから、医療費の心配をせずに、気軽に相談できる点が薬剤師の信頼に繋がっているのではないかと考えられます。
信頼される理由2:サプリメントの常用者多数。予防医療サービスも提供
自己破産者まで生み出してしまうほど高いアメリカの医療費。医療費の問題により、アメリカには、できるだけ医療機関を受診しなくてもいいように健康意識を高く持っている人がたくさんいます。
参考:「Council for Responsible Nutrition:2018 CRN Consumer Survey on Dietary Supplements」等をもとに筆者が作成 *3
アメリカに住む18歳以上の成人のうち、75%がサプリメントを服用しています。若年層(18歳から34歳)の服用率の増加や、オーガニックブームの影響受けたハーブなど天然由来のサプリメントの普及にともない、近年でもサプリメントの服用率は増加傾向にあります。
アメリカでは膨大な種類の中から、自分の体調や体質に合ったサプリメントを選ぶ必要があるため、サプリメント選びはもちろんのこと、サプリメントと薬との飲み合わせを薬剤師に相談する人も少なくありません。
OTC医薬品を買うついでにサプリメントを購入するようなケースもあることから、薬剤師とコミュニケーションをとる機会が多くなるため、自然と薬剤師に対して信頼感が生まれるのかもしれません。
そして、アメリカのほとんどの州では薬剤師が注射を打つことが認められているため、薬剤師がいるドラッグストアなどで予防接種を受けることができます。多くの場合、大手のチェーン店に足を運べば、予約なしで予防接種を受けられるので、インフルエンザが流行するシーズンなどにはたくさんの人が利用しています。
サプリメント選びや薬との飲み合わせ、予防接種といった予防医療のサービスを提供している薬剤師は、健康意識の高い人が多くいるアメリカにおいて頼られる存在であると考えられます。
信頼される理由3:高度な専門知識とコミュニケーション能力
アメリカでは薬剤師の依存型処方権が認められています。プロトコル型と呼ばれる、医療機関と薬局の同意があれば、手順に基づいて薬剤師が薬を処方することができる権利や、一度処方された薬を薬剤師の判断で再処方できる、リフィル処方箋が一般的です。
薬剤師が処方権を有することで、医師の業務負担が減ることはもちろん、患者にとってもワンストップで薬を受け取れるというメリットがあります。
処方の責任が伴うアメリカの薬剤師にとっては、医師の診察なしでお薬を処方するための高度な専門知識と合わせて、患者の体調の経過を傾聴したり、疑問点や不安を解消するコミュニケーション能力も要求されます。
以上3点がアメリカの薬剤師がアメリカ住民に信頼される理由だと考えられます。
国民皆保険により、低額の負担で幅広い医療が受けられる日本と比べて、アメリカに住む人は医療費の問題と常に隣り合わせです。
健康意識の高いアメリカ住民にとって、薬剤師はできるだけ医療機関を利用しなくて済む手助けをしてくれる重要な役割を担っています。
処方薬の受け取りやサプリメント・OTC医薬品の購入以外にも、お薬の処方や予防接種など、アメリカ住民が薬剤師を訪れる機会は多くあります。
薬剤師が継続的に住民の健康を支える過程で、住民と薬剤師との距離が縮まり、信頼関係が生まれているのではないでしょうか。
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*1 以下のデータを参考に筆者にてグラフを作成
Kaiser Family Foundation「Health Insurance Coverage of the Total Population」
U.S. Census Bureau「Health Insurance Coverage in the United States: 2017」
*2 加入する医療保険によって異なります。
*3 以下のデータを参考に筆者にてグラフを作成
Council for Responsible Nutrition「2018 CRN Consumer Survey on Dietary Supplements」
Council for Responsible Nutrition「Dietary Supplement Usage Increases, Says New Survey」
Council for Responsible Nutrition「2016 CRN Consumer Survey on Dietary Supplements」
Council for Responsible Nutrition「2015 CRN Consumer Survey on Dietary Supplements」
Council for Responsible Nutrition「2014 CRN Consumer Survey on Dietary Supplements」
Council for Responsible Nutrition「2013 CRN Consumer Survey on Dietary Supplements」
Council for Responsible Nutrition「Supplement Usage, Consumer Confidence Remain Steady According to New Annual Survey from CRN」
参考資料:
Gallup「Americans’ Ratings of the Honesty and Ethical Standards of Professions, 2018」
Forbes「America’s Most & Least Trusted Professions」
Kaiser Family Foundation「Health Insurance Coverage of the Total Population」
The World Bank「Current health expenditure (% of GDP)」
The American Journal of Medicine「Medical Bankruptcy in the United States」
Council for Responsible Nutrition「2018 CRN Consumer Survey on Dietary Supplements」