今回の記事では、ヨーロッパの中でも包括医療が原則無料で受けられるイギリスを例に、薬剤師が信頼される理由を考察します。
まず、ヨーロッパにおける「信頼される職業ランキング」の結果を見ると、ランキング上位に薬剤師が入っています。
ヨーロッパと聞くと、おしゃれなイメージや芸術が盛んなイメージがありますが、実は、社会福祉が充実している国が多いことでも知られています。
実際に、各国の社会保障費用(GDP比)を見てみると、ヨーロッパにはGDPの20%以上を社会福祉に費やす国が多く、社会福祉に注力していることがわかります。
ヨーロッパの中でも社会福祉が充実している国の一つがイギリスです。
ある調査では、イギリス住民の9割以上が総合診療医よりも薬剤師を信頼しているというデータが出ており、社会福祉が充実していることとの関連性も考えられます。
では、イギリスで薬剤師が信頼されるのにはどのような理由があるのでしょうか?
「医療福祉制度」と「患者との接し方」から考察したところ、3つの理由が見えてきました。
信頼される理由1:予約がなくても相談ができる
イギリスではNHS(国民保健サービス)と呼ばれる国民皆保険制度を導入しており、すべての住民が予防医療、検査、手術、リハビリを含む包括的保健医療を原則無料受けることができます。
*北アイルランド地域ではHSC (Health and Social Care) が導入されており、制度が異なります。
イギリスで病院を受診する際は、緊急の診療以外は、自身が登録している近隣の診療所で、GP(General Practitioner)と呼ばれる総合診療医の診療を受けます。GPは診療所で治療が難しいと判断した場合など、必要に応じて患者に専門医を紹介します。
患者は、基本的には処方にかかる一律£9.00(≒1,260円 2019年5月時点)のみの負担で医療を受けることができます。(60歳以上、16歳以下などの条件を満たす住民は無料)
治療費が安く、メリットの多いイギリスの医療制度ですが、診療を受けるまでにタイムラグが発生するという問題点を抱えています。
そこで、イギリス住民は薬剤師に健康に関する相談をするケースが多いのです。
在籍するGPに対して登録住民の多い診療所は、人気が高く、混雑しているため予約が取りづらく、診察まで1、2週間待つことも珍しくありません。
風邪などの軽度な症状であれば、1週間もすれば自然に良くなることも多いため、イギリス住民は、症状が深刻でなければ薬剤師に相談し、OTC医薬品で治療することが多いようです。
予約の要らない薬剤師は、軽度の体調不良の際に頼れる存在であると考えられます。
信頼される理由2:薬局は様々なサービスを提供している
イギリスでは、NHSに認定されたコミュニティーファーマシーと呼ばれる薬局が主流で、多くのイギリス住民に利用されています。
ほとんどの住民は自宅から20分圏内に薬局があり、イギリスで処方される薬のうち、90%以上がコミュニティーファーマシーで調剤されています。
コミュニティーファーマシーでは多様なサービスが提供されており、以下の3つに分類されます。
1. Essential Services
Essential Servicesは、すべてのコミュニティーファーマシーで提供されるサービスを意味します。
処方薬の調剤はもちろん、不要な薬品の回収・安全廃棄や、患者の症状や状況に合った医療機関の情報提供などが行われます。
Essential Services |
・処方薬の調剤 Dispensing Service ・反復使用薬の調剤 Repeat Dispensing Service ・薬品の安全廃棄 Disposal of Unwanted Medicines ・健康なライフスタイルの促進(禁煙・食事指導など) Promotion of Healthy Lifestyles ・他の医療機関の情報の提供 Signposting to other Services ・セルフケアのサポート(自己関節炎や糖尿病など) Support for Self-care ・診療環境改善のための取り組み Clinical Governance |
2. Advanced Services
Advanced Servicesは、薬局で実施される、Essential Servicesよりも更に高度な医療サービスで、国の定める要件を満たした薬局のみ提供が許可されています。
Advanced Services |
・使用している薬の見直し MUR (Medicines Use Reviews) ・新たに処方される薬に関してのアドバイス NMS (New Medicine Service) ・インフルエンザの予防接種 Flu Vaccination ・使用している医療機器の見直し AUR (Appliance Use Reviews) ・緊急時の薬品供給サービス NUMSAS (NHS Urgent Medicine Supply Advanced Service) ・ストーマ器具のカスタマイズ Stoma Appliance Customisation Service |
3. Locally Commissioned Services
Locally commissioned Servicesは地域ごとに定められたサービスを指し、その地域でのニーズが高い医療サービスが提供されています。
Locally commissioned Services |
例) 風邪など軽度な症状に関するアドバイス MAS (Minor Ailment Services) 肝炎の検査 B型、C型肝炎の予防接種 HIV検査 育毛プログラム など |
Locally commissioned Servicesの中には、MAS (Minor Ailment Services)と呼ばれる、軽度の疾患の場合、薬剤師から治療のアドバイスを受けることができるサービスがあります。
MASに関するアンケートでは、利用者のうち、87%の人が「MASが利用できなければGPを受診していた」と答えています。
また、MASを利用した住民のうち、98%の人がGPの診察は不要と判断されているデータがあることから、薬剤師は豊富な医療知識を持っていることがわかります。薬剤師は医師の業務負担を軽減する役割も担っているのです。
そして、薬剤師が提供するサービスを利用した住民のうち、87%が満足していると答えていることから、サービスの幅が広いだけでなく、質も高いことがわかります。
アクセスのよい薬局で、調剤だけにとどまらず、イギリス住民の健康を促進する幅広いサービスを提供しているという点で、薬剤師は信頼されているのではないでしょうか。
信頼される理由3:独立処方権を持つ高い専門知識がある
イギリスの薬局はアクセスのしやすい立地にあり、薬剤師は幅広いサービスを提供していますが、利便性やサービス内容だけが信頼に繋がっているわけではありません。
イギリスの薬剤師が尊敬される要因として重要なのは、その専門性にあります。
イギリスでは薬剤師にも処方権が認められており、独立処方課程(Independent Prescribing Programme)を修了し、認定された薬剤師は、医師の診察なしで患者に薬を処方することができます。
2006年にイギリスで独立処方権が認められて以降、約55,000人の薬剤師のうち、およそ11%が独立処方を認められています。(2019年5月時点)
認定された薬剤師は、専門分野の治療目的に限り、ヘロインやコカインなどの一部の薬品を除くほぼすべての薬を処方することができます。
GPの診察を待てない人や、病院へのアクセスが悪い地域に住む国民にとって、独立処方権を持つ薬剤師は、病院に行かずに専門的なアドバイスを受けることのできる、非常に頼れる存在だと言えます。
以上の3点が、イギリスの薬剤師が住民から尊敬される理由だと考えられます。
NHSという国民皆保険があることで、イギリス住民はGPの診療を無料で受けられますが、GPは予約が取れないことがあるという難点があります。一方、コミュニティファーマシーは多くの住民にとって距離と時間の面でアクセスがしやすく、幅広いサービスを提供している便利な存在だと言えます。
イギリスの薬剤師の多くは薬学や処方だけでなく、病気に関しての知識も兼ね備えているため、軽度の症状を患う住民に対してアドバイスができます。
さらに、プログラムを修了し、独立処方権を認められた薬剤師は職域も広く、医療の専門性が高いと言えます。GPに頼りたくても頼れないときや、今すぐ健康相談にのって欲しいときに、イギリスの薬剤師は住民の健康を支えているのです。
利用がしやすいという点だけでなく、高い医療の専門性も兼ね備えているという点が、薬剤師のイギリス住民からの信頼に繋がっています。
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参考資料:
Die Presse「In guter Hand: Die vertrauenswürdigsten Berufe Österreichs」
OECD stat「Social Expenditure – Aggregated data」
Vet Futures「Public trust in the professions – May 2015」
The NHS Business Services Authority「Prescription prepayment certificates 」
NHS Digital「General Pharmaceutical Services」
Pharmaceutical Services Negotiating Committee「Analysis of Minor Ailment Services Data」
Pharmaceutical Services Negotiating Committee「About community pharmacy」
statista「Number of pharmacists and pharmacy technicians in Great Britain from 2013 to 2018」
the Pharmaceutical Journal「The trials and triumphs of pharmacist independent prescribers」